【第52回】パワハラ相談窓口をいかに実効性あるものにするか
- 2025年1月22日
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目次
はじめに
パワハラ防止法により、パワハラ相談窓口の設置は、すべての企業の義務となっています。
今回は、どのように相談窓口を設置したらよいか、相談員をどう選定したらよいか、実際に相談を受けた場合の対応など、より実効性ある窓口にするためのポイントを解説します。
相談窓口の設置
相談窓口は企業の状況に応じて、社内に窓口を設置する方法と社外に窓口を設置する方法があります。また、社内と社外を組み合わせたハイブリッド型もあります。
社内窓口では、人事部や総務課などが担当することが多いのではないでしょうか。メリットは迅速な情報共有が可能という点です。一方、社外窓口は弁護士や社労士、相談窓口専門コンサルタントなどの第三者に委託することで、より秘匿性が高まり客観性が確保されます。
また、ハイブリッド型は内部と外部の両方を活用するため、柔軟な対応が可能です。
小規模事業所では、金銭的あるいは人員的な問題から、経営者や直属の上司が社内相談窓口にならざるを得ない場合もあります。法的にはそれでも問題ありませんが、相談者が安心して利用できる実効的な窓口であるためには、企業側の工夫が必要です。
例えば、以下のような工夫が挙げられます。
- オンラインやチャットツールで相談を受ける
- 相談窓口の時間を柔軟に設定する
- 社長や直属の上司が相談員としての知識やスキルをしっかり身に付ける
- 相談しても決して不利益を受けることはないことを明確に伝える
窓口の役割を明確にしておく
相談窓口の役割は、大きく2つあります。
ひとつは、相談の受付。もうひとつは、事実確認です。事業所の規模が大きい場合など、多くの相談が寄せられる(あるいはその可能性がある)場合には、相談窓口の役割を相談受付のみとしている企業もあります。受付だけを行い、詳細な事実確認は人事部などの別部署が行う、という役割分担です。
窓口担当者にどこまでの役割を担ってもらうのか、それによって担当者に求められるスキルやマンパワーは異なってきます。例えば、事実確認まで行ってもらう場合には、深い傾聴スキルは必須でしょうし、多くの相談に対応するためには複数人の担当者が必要になってくるでしょう。
窓口担当者の選定
窓口を担当する人には、相談者の不安を取り除き、安心感を与えられることが求められます。また、被害者や加害者のどちらにも肩入れすることなく、中立的に話を聞ける人でなければなりません。そのため、「この人なら相談してもいいかな」と思ってもらえる人が適任です。
このような安心感や中立性の有無は、その人の日ごろの言動からある程度推し量ることができます。普段の会話で「あいつ本当に使えない奴だよね」といった言葉を使っていたり、会議で一方的に持論を主張したりするような人に対して、あまり相談しようと思わないのではないでしょうか。
また、「口が堅い」のは当たり前です。私の主観にはなりますが、日ごろからプライバシーや個人情報保護といったことに無頓着な方(例えば、人のうわさ話が好きな人)は、あまり担当者に向いていないように思います。
向き不向きはありますが、そうはいっても人員の関係で、「この人」しかいない場合もあると思います。その場合には、傾聴スキルと守秘義務に関する研修を行い、担当者としての心構えを身に付けていただきましょう。
実効性ある窓口にするためのポイント
(1)まずは知ってもらうこと
相談窓口が利用されるには、従業員にその存在を周知することが不可欠です。厚生労働省サイト「あかるい職場応援団」には啓発や周知用のポスターなど、社内広報に利用できるツールもあります。社内広報を通じて、窓口の設置目的や利用方法を伝えるだけでなく、従業員向けの説明会を開催し、気軽に利用できる雰囲気を作ることも必要です。
(2)何よりも聴き方が大事
窓口担当者は、傾聴の姿勢を持ち、相談者の話を遮らずにしっかりと聞くことが大切です。傾聴ですが、「私は人の話はちゃんと聞ける」という人でも意外と聞けていないものです。例えば、次のような聞き方していませんか。
①「パワハラを受けるなんて、あなたにも問題があったんじゃない?」
②「なんでもっと早く相談しなかったの」
③「これくらいはどこの部署当たり前 」
④「そんなことはたいしたことではないよ。私の頃はもっとひどかったし」
⑤「彼は決して悪い人ではないから、問題にしない方がいい」
①②はセカンドハラスメントです。セカンドハラスメントとは、窓口担当者による相談者に対する二次的なハラスメントのことです。相談者は今まで誰にも相談できずに、ようやく決死の思いで窓口に来ていることもあります。そのような相談者に対して①や②の言葉は傷に塩を塗るような行為といえます。もうそれ以上、話そうとはしないでしょう。
③④は担当者が、自分の価値観や経験に基づいて相談者を説得しています。担当者はそのような意図は全くなくても、相談者にとっては威圧的に感じたり、「この人に話しても意味がない」と相談者が態度を硬化させてしまうかもしれません。
⑤は、問題にしないほうがいい、とアドバイスしています。アドバイスがいけないわけではありません。ただ、それは相談者から求められたときにしましょう。また、「彼は決して悪い人ではないから」と自分の主観に基づいたアドバイスをしています。相談窓口の役割のひとつは事実確認です。事実の確認のためには、中立的な立場で聴く態度が必要です。あくまで、相談者が主張する事実を正確に把握することが目的です。アドバイスや意見は原則として控えるべきといえます。
このように、意外と聴けていないこともあるため、窓口担当者は必ず傾聴スキルを学ぶようにしましょう。同時に、冷静で感情に流されない態度を保ち、事実確認に基づいた対応を行うことが重要です。相談内容を整理する際には、主観的な訴えを客観的に捉え、必要な事実関係を記録します。これにより、適切な解決策を提案する基盤が築かれます。
担当者のスキル向上には、研修やケーススタディが有効です。ロールプレイングを通じて実践的なスキルを磨き、定期的なフィードバックを受けることで対応力を向上させることができます。また、偏見や先入観を持たず、相談者の心理的負担を最小限に抑える配慮が必要です。
(3)担当者へのケア
上記のように窓口担当者は、相談業務を行うにあたり相談者に配慮することが多く、かなりの心理的負担を負います。そのため、担当者への心理的ケアも大切になってきます。担当者を複数人にすることで、一人当たりの負担は減らせますが、人員的に難しい場合には、必ず「ひとりで抱えたらダメ」ということを伝えてください。カウンセリングの世界では、「リファー(紹介)」という言葉があります。自分の手に負えない場合や領域が違う場合などに、他の資源を紹介し解決していくというものです。
担当者はプロのカウンセラーではありません。そのため、なおさら担当者の心理的ケアのためには、担当者と人事部、担当者と経営者、担当者と産業保健スタッフなど、連携を密にし、いつでも協働できる体制をとっておくことが大切なのです。

執筆者プロフィール

三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表
中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター
1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも1年で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしながら試験合格を目指すも断念。その後は転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わる。合間に東欧への放浪の旅をしながら気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたところで28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のスタッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してきた顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートまで行う人事評価制度の構築が得意。その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。