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毎週水曜日に掲載の社会保険労務士による解説記事、第44回は三谷先生(三谷社会保険労務士事務所 代表)による解説です。
職場でのハラスメントにより精神障害を発症した場合、労災保険の対象となることがあります。
本記事では、認定基準やその詳細について詳しく解説いたします。
近年、ハラスメント問題が社会的に大きな関心を集めています。パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなど、職場での人間関係が原因で従業員が精神的に追い込まれ、うつ病などの精神障害を発症するケースも増加しています。このような職場でのハラスメントにより精神障害を発症した場合、労災保険の対象となることがあります。
労災保険は、労働者が業務上の原因でケガをしたり病気になったりした場合に適用されるもので、一般的には肉体的な負傷や疾病が主な対象と考えられがちです。しかし、実際には心理的負荷によって発症する精神障害も労災保険の対象となります。
例えば、厚生労働省の調査によると、精神障害に関する労災補償状況は、請求件数が3,575年(前年比892件増)、うち支給決定件数が883件(前年比173件増)となっています(出所:令和5年度「過労死等の労災補償状況」)。
厚生労働省は、労災保険の精神障害に関する認定基準として「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、認定基準)を定めています。この認定基準は、業務による心理的ストレスが原因で発症した精神障害について、労災保険が適用されるかどうかを判断するためのものです。この認定基準によれば、労災保険が認定されるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
【要件①】認定基準の対象となる精神障害であること
労働者が発症した精神障害が、認定基準で定められた精神疾患であることが求められます。例えば、うつ病や適応障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などです。
【要件②】発症前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
労働者がその精神障害を発症した原因が、業務に起因する強い心理的ストレスであることが必要です。業務と発症との間に因果関係が必要なため、原則として半年以内の出来事が主な対象となります。
例えば、半年以内にセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントなどが行われ、その心理的負担の程度が強い場合に因果関係があると判断されます。
【要件③】業務以外の要因で発病していないこと
発病の原因が業務外にある、例えば家庭環境や個人的な問題が原因である場合は、業務との因果関係がないため、労災保険の対象外となります。
以上、この3つの要件を満たす場合に、労災保険が適用されることになります。
例えば、あなたの部下から「あなたのセクシュアルハラスメントでうつ病を発症しました」という訴えがあった場合、労災認定の可能性があるか検討してみましょう。
まず、部下が「うつ病」を発症しているため、「認定基準の対象となる精神障害であること」(要件①)は満たしています。その次に、あなたのセクシュアルハラスメント行為が部下にとって「強い心理的負荷」(要件②)となったかどうかです。
この点、厚生労働省の認定基準では、心理的負荷の程度を具体的な事例ごとに類型化し、それぞれの状況に応じて「弱」「中」「強」と分類しています。例えば、セクシュアルハラスメントにおいて、身体的な接触を伴わない性的な発言だけの場合、その発言が継続していないときは「中程度」の心理的負荷と判断されます。しかし、性的な発言の中に人格を否定するような内容があったり、その性的発言が継続して行われたりした場合は、「強程度」の心理的負荷と判断されます。
よって、あなたの言動が、部下のうつ病発症前おおむね6か月の間に行われていたのであれば、「強い心理的負荷」(要件②)があったものと認定される可能性が高いでしょう。
最後に、うつ病の発症の原因について、他に思い当たらない場合には、「業務以外の要因で発病していないこと」(要件③)に該当します。
以上により、セクシュアルハラスメントによる労災認定の可能性は高いといえます。
セクシュアルハラスメントと同様に、パワーハラスメントによる精神障害も労災認定の対象となります。パワハラのケースでも、前述した要件②について、どのような行為がどの程度の心理的負荷をもたらすかが認定基準で詳しく定められています。具体的には、以下のようなケースが挙げられています。
これを見ると、心理的負荷が「中」と「強」との違いは、行為の反復継続性と会社による不作為です。被害者が会社に相談したにもかかわらず、あるいは会社がパワーハラスメントの事実があると把握したにもかかわらず、適切な対応を行っていない場合には、労災認定の可能性が高まるといえます。
この点はセクシュアルハラスメントについても同様です。
精神障害の労災認定基準については、令和5年9月に改正が行われ、カスタマーハラスメントが追加されました。顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた場合についてもパワハラやセクハラと同様に心理的負荷の程度が例示されています。
カスハラに対しては、東京都が条例を制定し来年4月から施行されるなど、社会的な関心は高まるばかりです。企業においてもカスハラ対策は急務といえるでしょう。
ハラスメントによる精神障害が労災保険でカバーされるかどうかは、「発症前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること」(要件②)が大きなポイントになります。セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントが原因でうつ病やその他の精神障害を発症した場合、その行為が「強い心理的負荷」として認められれば、労災保険の適用が認められ、被害者にとっては適切な治療や支援を受けられることになります。
一方、企業としては、ハラスメントが発生しないよう、予防策を徹底し、問題が発生した場合には放置せず迅速に対応することが求められます。労災保険の認定基準を理解し、ハラスメントによる健康被害が発生しない職場環境を整えることが、企業の信頼を守る上でも重要です。
三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表
中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター
1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも1年で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしながら試験合格を目指すも断念。その後は転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わる。合間に東欧への放浪の旅をしながら気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたところで28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のスタッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してきた顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートまで行う人事評価制度の構築が得意。その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。