はじめに
労働基準法により、使用者(会社)は、労働契約を締結する際、労働者に対して、労働
条件を明示する必要があります。「最初言っていたことと違う」という後々のトラブルを
防止するためです。労働条件の明示には、労働条件通知書を作成し従業員に交付している
事業所が多いと思います。
今回は、労働条件の明示について説明した上で、労働条件通知書の作成あるいは運用で
気を付けるポイントを解説します。
絶対的明示事項
明示する内容については法令で定められており、次の内容は絶対的明示事項といい、必
ず労働者に明示する必要があります。
①労働契約期間
②有期労働契約の更新基準
③就業場所・従事すべき業務
④始業・終業時刻、所定労働時間超えの労働の有無、休憩時間、休日、休暇、2交代制等
に関する事項
⑤賃 の決定・計算・ 払 法、賃 の締切・ 払時期、昇給に関する事項金支方金支
⑥退職(解雇を含む)に関する事項
⑦昇給に関する事項
明示の方法ですが、 ①から⑥については、書面で明示する必要があります(昇給に関し①⑥
ては口頭だけでもOK)。
ただし、労働者が希望した場合には、メールやLINEなどのSNSで明示しても構いませ
ん。その場合でも紙へ印刷できるものに限られます。
この明示については、労働条件通知書という書面で明示するのが一般的でしょう。厚生
労働省のホームページからモデル労働条件通知書をダウンロードできます。人事労務シス
テムを利用しているのであれば、個人情報と各種労働条件をシステムに入力することで、
法令に従った労働条件通知書を出力できます。
ちなみに、パートタイマーについては、上記 から に加えて、次の項目が書面などに①⑦
よる明示が必要とされていますので、抜け漏れがないように注意しましょう。
・昇給の有無
・退職手当の有無
・賞与の有無
・相談窓口
相対的明示事項
みなさんの会社に次の制度がある場合には、労働契約の締結の際、同じように明示する
必要があります。これらを相対的明示事項といいます。
⑧退職金
⑨賞与
⑩食費、作業用品などの負担に関すること
⑪安全衛生
⑫職業訓練
⑬災害補償
⑭表彰制度や懲戒制度
⑮休職
例えば、賞与の制度があれば、その旨を入社時に明示しておく必要があります。相対的
明示事項は、書面での明示は義務づけられていないため、口頭での明示で構いません。
労働条件通知書のポイント
(1)「雇用契約書」の形にした方がベター
労働条件通知書はその名の通り、労働条件を「通知」するもので、使用者から労働者へ
の一方通行的なものになります。そのため、会社が入社時にきちんと書面で手渡したとし
ても、労働者から「受け取っていません」あるいは「そのような内容は聞いていません」
という思いもしないトラブルになってしまうかもしれません。労働条件通知書は、雇用契
約の内容を証明するものではないのです。
このような状況を回避するために、雇用契約書という形で労使双方で署名あるいは記名
押印する方法がよいでしょう。
雇用契約書にする簡単な方法は、労働条件通知書の内容はそのままで、書類名を「雇用
契約書兼労働条件通知書」としたうえで、書類下部などに労使の署名あるいは記名押印欄
を設けます。注意点としては、雇用契約書を労働条件通知書と兼用する場合、労働条件通
知書に記載すべき事項の漏れがないようにすることです。
(2)丁寧に説明する
労働条件通知書にせよ雇用契約書にせよ、その内容を丁寧に労働者に説明することが大
切です。時間がかかって面倒かもしれませんが、労働トラブルは採用から始まります。初
めが肝心。最初の時点で丁寧に労働条件を説明することで労働者は安心感をもって仕事に
取り組んでくれるでしょう。
細かい箇所について就業規則に記載がある場合には、就業規則と一緒に説明することで
理解が深まり、そこまで時間をかけて説明してくれる会社への信頼感に繋がります。
(3)変更した場合は「お知らせ文書」
労働条件の通知は、労働契約の締結時に必要です。労働契約の途中で、給与額が変わっ
た、勤務地が変わった、などの労働条件の変更の場合には、新たな労働条件の通知は義務
ではありません。
とはいえ、何も通知しないのでは労働者も不安になります。そのため、このような場合
には、「給与額変更のお知らせ」など、変更があった内容についてのお知らせ文書や辞令
を渡すのがよいのではないでしょうか。
(4)有期労働契約の「自動更新」は労務リスクが高い
有期労働契約の場合、絶対的明示事項にあるとおり、更新の基準を明示する必要があり
ます。時々、この更新基準の欄に、「自動的に更新する」としている労働条件通知書を見
かけることがあります。
自動更新の場合、労働者は無条件に労働契約が継続されるものと期待するでしょう。事
実上の無期契約と同じになってしまい、契約期間満了による雇止めができなくなるリスク
を伴います。また、自動更新にしていたとしても、契約期間の更新のつど、新たな労働契
約の締結となり、労働条件通知書の発行は必要となります。
よって、自動更新とする意味はほとんどないと考えます。「更新する場合があり得る」
と記載した上で、更新の判断基準を記載することをおすすめします。
(5)解雇事由の記載を忘れない
絶対的明示事項の中に、退職に関することがあります。これには、解雇事由も含まれま
す。厚労省のモデル様式を見ると、解雇事由の欄がカッコ書きになっています。解雇事由
が膨大な場合には、就業規則上の関係条項を明記することで足りるのですが、就業規則が
ない(作成義務のない)事業所においても、ここが空欄の労働条件通知書を見かけます。
空欄のままでは、解雇事由を明示したことになりません。
例えば、解雇事由として、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者と
しての職責を果たし得ないとき」、「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込
みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」などを記載するようにしましょう。