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【第58回】「退職代行」の陰に潜む“ハラスメント”を見抜く~「社員が本音を語れる職場」へ。心理的安全性向上の実践アプローチ~

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近年、退職代行サービスの利用が顕著な増加を見せています。東京商工リサーチの調査(2025年6月19日発表)によると、2024年1月以降に退職代行を利用した従業員がいる企業は全体の7.2%に達し、大企業においてはその割合が15.7%と2倍以上に跳ね上がっています。※1
この数字は、企業規模問わず、多くの職場で従業員が「誰にも相談できない」という深刻な課題が潜在的に存在していることを示唆しています。

①ハラスメントと強引な引き止め

なぜ、これほどまでに退職代行が利用されるのでしょうか。その背景には、「相談したくてもできない」という職場のリアルな実情が深く関わっています。

株式会社アルバトロスが運営する退職代行モームリが2024年8月7日に発表した利用者アンケートによれば、退職代行を利用する最大の理由は「上司からのハラスメント」(33.9%)であり、次いで「上司からの退職引き止め」(30.2%)と続いています。※2
上記内容からハラスメントによって心身ともに疲弊し、自力での退職交渉が困難な状況に追い込まれるケースが見て取れます。

また、勇気を出して退職を申し出ても、高圧的な態度での引き止めや、感情的な訴えかけによって精神的な負担が増大するケースも少なくありません。特に、新卒入社した社員においては、入社前に提示された労働条件や業務内容と、実際の勤務実態との大きな乖離が退職の理由となることも多く、これもまた「相談しにくい」職場環境を生み出す要因の一つと言えるでしょう(退職代行モームリ 2024年度新卒退職データ、2025年3月18日発表)。※3

②ハラスメント対策こそが喫緊の課題

退職代行サービスがこれだけ社会的必要性があるならば、企業としてはそれを受け入れたうえで、本質的な課題解決に向けて取り組む必要があります。 
それは、ハラスメント対策です。単にパワハラ防止法等の法を遵守するだけでなく、従業員が安心して悩みを打ち明けられるような心理的にも安全な職場を作っていくことが必要です。

ハラスメントについては、パワハラ防止法が施行されて3年が経ちます。にもかかわらず、企業でパワハラを含めたハラスメントがなくならないのはなぜでしょうか。
私は、相談窓口や防止規則、研修の実施などのハード面を整えただけで、ソフト面、つまり働く人の感情に寄り添ったマネジメントができていないからだと考えています。感情に寄り添ったマネジメントは、言い換えると心理的安全性を高めるマネジメントです。

①心理的安全性の3つの要素

職場における心理的安全性とは、チームメンバーが自分の考えや感情、間違いなどを安心して発言・開示できる雰囲気や文化のことを指します。簡単に言えば、「バカにされたり、罰せられたりする心配なく、本音で話せる環境」です。

エドモンドソン教授が提唱された概念ですが、これを私なりに解釈すると、この心理的安全性は、以下の3つの要素で構成されます。

1.発言が自由にできること

自分の意見やアイデア、疑問などを率直に表現できること。たとえそれが多数派の意見と異なっていても、批判されたり無視されたりする恐れなく発言できる状態です。これができれば、退職代行の出番は減るでしょう。

2.学習の機会があること

間違いを犯したり、知識が不足していることを認めたりしても、それが非難や罰につながる心配がないこと。むしろ、間違いから学び、改善していく機会として捉えられる環境です。加えて、質問や助けを求めたりすることにためらいがない状態も含まれます。
心理的安全性の話をすると、「そんなのは生ぬるい」と言われることもありますが、学習していく組織と捉えれば、逆に学習しない人にとっては厳しい環境と言えます。

3.貢献が実感できること

自分の能力や貢献が正当に評価され、受け入れられるという信頼。自分のスキルやアイデアがチームにとって価値があると信じられ、それらが活用される機会があると感じられる状態です。
これにより、メンバーは積極的に関与し、責任を持って業務に取り組むことができます。「私はこの職場で役に立っている」「こんな貢献ができている」という自己効力感が持てる環境です。

②どうやって心理的安全性を高めるか

これらの要素が満たされることで、ハラスメントとは正反対の学習していく組織となります。上記3つの要素を満たす方法を2つ解説します。

1.対話

「人は変えられない」とはよく言われることです。しかし、人を変えようとするのではなく、自ら人との「関係性」を変えることはできます。対話によってこの関係の質を上げていきましょう。
関係の質とは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のダニエル・キム教授が「組織の成功循環サイクル」で提唱されている考え方です。私は、ここでいう関係を自分との関係(自分のことをどれだけ知っているか)、他者との関係(職場の人間への関心や会社とのつながり)の度合いと捉えています。
そのため“自己理解と他者理解”がとても重要であり、これらを深めるためには対話が大事になります。

職場は上司と部下、同僚同士、正規と非正規、日本人と外国人など様々な関係性で成り立っていますが、そもそもは一人ひとりの個性ある人間です。あなたは、隣の同僚がどういうことに興味関心があるか知っていますか?
また、『静かに分断する職場』(高橋克徳著、ディスカバー携書)によると、「何をしても、この状況は変わらないという気持ち」という会社に対してあきらめている人が65.1%もいます。※4

このような気持ちを持った後は徐々に会社に対して距離を置き、いずれこのうちの何割かは静かに退職していくのでしょう。退職代行を利用する人も一定数いると思われます。このように仕事や会社に対してつながりを感じられなくなった社員の心を引き戻すのも対話が効果的なのです。
とはいえ、対話といってもどのようにしたら、ということもあろうかと思いますので、2つご紹介します。ポイントは、「場を意図的に作る」「“今ここ”を大切にする」ことです。

ⅰ.チェックイン・チェックアウト

会議等の冒頭で簡単な近況や今日の気分を共有する「チェックイン」、終わりに今日の学びや感想を共有する「チェックアウト」を取り入れることで、心理的な距離が縮まり、発言の自由を促します。
特に、チェックインの際には「今この瞬間の気持ち」を素直に本音で語ってもらうことが、その会議等の雰囲気に良い影響を与えます。

ⅱ.1on1ミーティングの質向上

昨今実施する企業が増加している1on1ミーティングですが、定期的に行う際にはどのようなテーマで対話をされていますか?
1on1は部下の感情を聞く場と考えましょう。つまり、「何をするの?」「何をした?」ではなく「今、思っていることは?」「今、何を考えている?」と、“今ここ”に焦点をあてます。そこから、個人のキャリア、不安、アイデアなど深いレベルでの対話になっていき、これが自己理解につながります。

また、これは意外に思われるかもしれませんが、お互いにモヤモヤが残る状態で終わることも歓迎します。何かの話題に対してその場で解決したり、答えをだすのではなく、内省(リフレクション)するための機会ととらえるのです。

1on1後の内省が、自己理解と相手との関係性をさらに深める時間となります。

2.リーダーが弱さを見せる

自分の間違いや弱点をオープンに認め、助けを求める姿勢を見せることで、メンバーも安心して自己開示できるようになります。
2023年にNHKで放映された大河「どうする家康」をご覧になった方もいるかと思います。
松本潤さん演じる家康は、ことあるごとに「どうする?」「わしはどうしたらいいんじゃ」と周囲に意見を求めたり、弱さを見せていました。結果、周囲の家来は「意見を述べてもいいんだ」「この人を助けたい」という気持ちになり、関係の質は高まったと思われます。

リーダーシップには様々な理論がありますが、リーダーという「役割」を負っているだけ、“過度に責任を負わない・負わさない”という周囲の理解と態度も大切だと考えます。

③心理的安全性の測定

組織の心理的安全性を測定する方法やツールは世の中に多くあります。
自社にあったもので行えばよい良いと思いますが、先ほどの心理的安全性の3つの要素に関わる項目が「見える化」できるようなものであればよいでしょう。たとえば、次のような項目です。

1.「発言の自由さ」に関連する項目

  • ⚫︎自分の意見やアイデアをためらわずに表明できると感じる。
  • ⚫︎間違いを犯してもそれを素直に認め、議論できる雰囲気がある。
  • ⚫︎チーム内で、異なる意見や反対意見も歓迎される。
  • ⚫︎上司や同僚に、個人的な問題や懸念を打ち明けやすい。
  • ⚫︎批判されることを恐れずに、問題点や改善点を指摘できる。

2.「学習の機会」に関する項目

  • ⚫︎チーム内で、新しいスキルや知識を学ぶ機会が十分にある。
  • ⚫︎失敗から学び、次に活かすことを奨励される。
  • ⚫︎フィードバックを求めやすく、建設的なフィードバックが得られる。
  • ⚫︎自分の業務に関連する研修やセミナーに参加する機会がある。
  • ⚫︎チームメンバーがお互いに知識や経験を共有し合っている。

3.「貢献の実感」に関連する項目

  • ⚫︎自分の仕事がチームや組織の目標達成に貢献していると感じる。
  • ⚫︎自分の意見や提案がチームの意思決定に反映されていると感じる。
  • ⚫︎自分の努力や成果が正当に評価されていると感じる。
  • ⚫︎チームの中で自分の役割が明確であり、その重要性を理解している。
  • ⚫︎自分の仕事を通じ、個人として成長していると感じる。

心理的安全性はすぐに高まるわけではありません。きっと終わりもないでしょう。
そのため、高めるためのプロセス(職場が一丸となって取り組むこと)こそが大事ともいえます。その一環として、退職代行を選ばなくて済むように退職のことを相談できるチャネル(経路)を複数用意しておくことが大事です。

<相談チャネル(経路)の例>

  • ⚫︎直属の上司 ・同僚
  • ⚫︎直属の上司以外の上司・人事部
  • ⚫︎社内外の相談窓口(キャリアカウンセリング室等)

「退職のことを相談できる」ということは、まだ退職の決意が固まっていない可能性もあります。この時点で退職したいと思う根本原因のヒアリングができると対策や改善を行うことができ、退職を思いとどまらせることができるかもしれません。

最も行ってはいけないのが、相談者に対して「あなたも悪いところがあったんじゃない?」といった一方的な評価や、「退職するのだったら誰か他の人連れてきてよ」という相談者に向き合わない態度です。このような言動があると、「もうこれ以上この人とは話せない」となり、退職代行を選択せざるを得なくなるでしょう。相談を受ける窓口の方は、“傾聴スキルが必要”といえます。

それでも退職代行サービス会社から連絡がきた場合、人事労務担当者はどのように対応するべきでしょうか。
まず、退職代行サービスには次の3形態があります。

  • ⚫︎民間企業が運営する退職代行サービス
  • ⚫︎労働組合が運営する退職代行サービス
  • ⚫︎弁護士が運営する退職代行サービス(弁護士事務所)

それぞれに法的にできる範囲が異なるのですが(たとえば、退職金の金額の交渉は労働条件の交渉なので民間企業ではできない)、実務的にはあまり気にしなくてもよいでしょう。

まずは「退職代行サービスで退職の意向が伝えられた」という事実を冷静に受け止めることが第一です。決して、「退職代行サービスなんてけしからん。そんな退職は認めないぞ」とならないことです。むしろ、「いきなり飛ばないで連絡取れるだけまし」「引き継ぎができる」「本当の退職理由がわかるかもしれない」と発想を転換しましょう。
そして、引き継ぎに関してはどのように引継ぎを行うのか、本人の意向(出社、電話、文書、LINEなど)と現場の意向などを踏まえ、退職代行サービス会社と調整します。
無事に退職手続きが完了した後、担当者は今回の退職について検証を行うべきです。「なぜ退職代行を利用したのか」「ハラスメントの可能性はなかったか」「相談しにくい雰囲気の原因は他にあるか」など。

また、採用活動を行う際に人事側で注意しなければならないのは「入社前と入社後のギャップ」です。私の関与先での話ですが、「入社前説明会で言っていた内容と違う」という理由で新卒社員が4か月で退職した例があります。
退職代行ではなかったのですが、相談チャネル(経路)が少ない新卒社員の場合、だれにも相談できずに結果として退職代行を利用することも十分考えられた事例です。
このような経験から、こちらの会社では下記対策を行っています。

  • ⚫︎求人票に嘘はないか、実態を表記しているかしっかりチェックする
  • ⚫︎会社説明会には人事だけでなく現場の担当者も参加する
  • ⚫︎入社前に会社体験をしてもらう

退職代行利用の背景には社員が職場内で「誰にも相談できない」という深刻な問題が潜んでいます。
その原因は主にハラスメント。企業はこの現状を受け入れ、ハラスメントが自社に潜んでいないか向き合う必要があります。そして単なる法遵守に留まらず、社員が安心して本音で話せる心理的安全性の高い職場づくりをそこに集う人たち一丸となって取り組むことが大切です。
これには“相互理解を深める対話や、リーダーが弱さを見せる姿勢”などが効果的です。

また、退職希望者が退職代行を選ばなくても済むよう、信頼できる相談チャネルを複数用意し、傾聴スキルを持った担当者が真摯に対応することも重要です。 
退職代行が利用される今の社会状況を「我が社ごと」とし、組織改善を進める機会と捉えてみましょう。

参考:
※1【東京商工リサーチ 「退職代行」による退職、大企業の15.7%が経験 利用年代は20代が約6割、50代以上も約1割】
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1201481_1527.html

※2【PRTIMES 退職代行モームリ累計利用者15,934名分のデータ・利用された企業情報を公開~Z世代と新卒で増加する退職代行利用者、労働者の本音はどこに~】
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000103965.html

※3【PRTIMES 退職代行モームリ2024年度新卒1,814名分の最新退職データを公開~1年間の新卒社員の離職状況と傾向を分析~】
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000103965.html

※4【高橋克徳(2025)静かに分断する職場 なぜ、社員の心が離れていくのか(ディスカヴァー携書) ディスカヴァー・トゥエンティワン】

執筆プロフィール

三谷先生

三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表

中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター 


1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも1年で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしながら試験合格を目指すも断念。その後は転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わる。合間に東欧への放浪の旅をしながら気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたところで28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のスタッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してきた顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートまで行う人事評価制度の構築が得意。その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。

三谷社会保険労務士事務所

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