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社会保険労務士による労務解説記事が毎月4回(毎週水曜日)にUPされます。
第32回目は社会保険労務士三谷先生(三谷社会保険労務士事務所代表)による解説です。
カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」という。)とは、顧客や取引先からの不当なクレームや言動を指し、その手段や態度が社会の常識に反しているため従業員の就業環境を害するものを言います。
厚生労働省が令和2年度に行った調査によると、全国の労働者の15%が過去3年間に著しい迷惑行為を経験しています。最も一般的な迷惑行為は、「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」で、これが52%を占めています。
このような中、令和5年12月には、旅館業法が改正され、旅館などの営業者は、カスハラに当たるとされる特定の要求を行った者の宿泊を拒むことができるようになりました。この話題はネットやマスコミでも取り上げられ、カスハラが社会的に大きく認知されるきっかりになったのではないでしょうか。その他、航空業界ではカスハラに対する指針が作成されたり、東京都がカスハラ条例の策定に動きだすなど、国民のカスハラへの関心は高まっているといえます。
カスハラは、従業員の業務パフォーマンスやモチベーションの低下、健康問題(頭痛、不眠、耳鳴りなど)を引き起こし、その結果として休職や退職につながる可能性があります。
パワハラやセクハラとは異なり、企業に対して、カスハラについてはまだ法的な防止措置を行う義務は課せられていません。
しかしながら、労働契約法上、企業には従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する法的義務(安全配慮義務)があります。そのため、カスハラによって従業員の安全や健康が損なわれるのを放置しておくことは、法的にもリスクが伴います。従業員のモチベーションの低下は業績にも影響を与えるでしょう。
対策の度合いは業界や企業ごとに異なると思われますが、カスハラ対策は法的リスクの低減と安心して働ける職場環境を構築する上でいまや欠かせないものといえます。
経営層や現場のトップは、カスハラから従業員を守る姿勢を明確に示しましょう。「お客様は神様」や「得意先の方が立場は上だから」などの顧客を過度に優遇する社内風土がカスハラを助長していることもあります。
「カスハラからみなさんを守ります」「不当なクレームには会社として対応します」などのメッセージが従業員の安心感を高めます。
ちなみに、トップからのメッセージは、カスハラを含む、パワハラなどのハラスメント全体にとって、とても効果が高いです。トップが事あるごとに発信することで、悪しき社内風土改善へのきっかけになりますし、企業全体で「ハラスメントをなくす」という一体感が生まれ、従業員の中にハラスメントに対する意識の高まりと行動変容が現れてくるからです。
カスハラといっても、その概念は抽象的です。何が正当なクレームで、どこからが迷惑行為になるのか、業界や世代によって捉え方はそれぞれです。
そこで、「当社におけるカスハラ行為」を具体的に定義しておきましょう。ポイントは「当社における」です。なぜなら、前述したように、業界や世代ごとに迷惑行為に対する捉え方は違ってくるからです。また、カスハラ対策の目的は、従業員の安全と健康を守り、働きやすい職場を作ることです。そのため、自社の従業員が、対応に困っている顧客からの行為について具体的に対策する方が、その目的に適います。
定義の仕方ですが、次のような流れで行ってみましょう。
①従業員にアンケート調査を行い、体験をもとに「顧客からの迷惑行為」をだしてもらう
②「当社におけるカスハラ行為」として定義するか経営陣や総務部などで精査する
ポイントは、これらの一連の流れの中で、これまでのやり方や業界的には当たり前と思っていたことでも、実は「迷惑行為」と感じている従業員がいることに気付くことです。①の後にグループワークなどを通じて、各人の出した迷惑行為についてお互いの感じ方等を議論すると、より効果は高いでしょう。そのため、従業員へのアンケートでは、「いつ・どこで・誰が・何を・どのように要求してきたのか」「そのときどのように対応したのか」「どう感じたのか」を具体的に書いてもらうとよいでしょう。
ある会社でこれらを行ったところ、「他のお客様の面前での従業員に対する大声での罵声」、「土下座を強要する」、「月に10回以上電話をかけてくる」などがカスハラ行為として定義されました。
カスハラ行為が定義されたら、それらに対する対応方法、手順、相談体制などの対応ルールを定めます。対応ルールを作成する際も、現場の意見を取り入れることが重要です。たとえば、クレーム対応が一定時間を超えた際の上司への交代プロセスを設ける場合、30分にするか15分にするか等は、各現場の意見を聞くことで実用的なルールとなります。
また、カスハラ被害に遭った従業員のケア体制も忘れずにルールの中に入れておきましょう。厚生労働省作成の『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』でも、「従業員への配慮の措置」という項目の中で、精神面への配慮が謳われています。メンタル不調の傾向がある場合には、産業医や産業カウンセラーなどの専門家に相談対応してもらうなどのアフターケアの体制もルール化しておくと安心です。
その他、従業員への配慮として当該マニュアルの中で好事例として挙げられている例に、上手く顧客対応した従業員を表彰する制度を設ける、というものがあります。対応ルールとは直接関係はありませんが、対応の結果についても、このようなポジティブな方向で捉えることで、顧客対応にあたる従業員のモチベーションの維持向上に効果があると思われます。
カスハラへの対応を外部へ発信することも大切です。冒頭に書いたようにカスハラの社会的認知度は高まってきたものの、「カスハラ?カスタマーハラスメント?何それ?」という反応もまだまだ多いのも現実です。
そのため、企業として、顧客からの迷惑行為に対して従業員を守る取り組みをしていることをアピールすることは従業員を守ることにつながります。
発信の方法は、企業としてのカスハラ対応をHPへ掲載する、ポスターを顧客から目につくところに貼る、などがあります。厚生労働省のHPあるいは「あかるい職場応援団」というHPには、対策ポスターのサンプルがダウンロードできるようになっています。そのようなものを活用するのもよいでしょう。
ある介護事業所では、「当社におけるカスハラ行為」をチラシにしており、訪問介護職員は常にそのチラシを携帯しています。サービス利用者からセクハラまがいの行為を受けた際、そのチラシをさっと見せたことで嫌な思いをせずに済んだそうです。
今回は、カスハラ対策のポイントとして、(1)トップからのメッセージ、(2)カスハラ行為を定義する、(3)対応ルールの作成、(4)外部へ発信する、という4つを簡単に解説しました。
皆さんの会社での取り組みの参考にしていただけると幸いです。
以上
三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表
中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター
1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも1年で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしながら試験合格を目指すも断念。その後は転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わる。合間に東欧への放浪の旅をしながら気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたところで28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のスタッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してきた顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートまで行う人事評価制度の構築が得意。その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。