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社会保険労務士による労務解説記事が毎月3回(第1.2.3水曜日)にUPされます。
第22回目は社会保険労務士三谷先生(三谷社会保険労務士事務所代表)による解説です。
企業がもつ情報には、顧客情報はじめ、技術ノウハウなどの秘密情報があります。
本コラムではこれらをまとめて「機密情報」と呼びます。
退職者や元従業員による機密情報の漏洩は、企業の社会的信用を失わせ、損害賠償や競争力の低下などのリスクとなり得ます。そのため、効果的な対策と予防方法を講じることが必須です。
以下、この問題に対処するための方法を解説します。
機密情報の取扱いに関する社内規定を策定します。これは機密情報の取扱いについて社内に広く周知するためです。「何が機密情報にあたるのか」が分からず、無意識に機密情報を不安全に扱う事例も見受けられます。そのため、規定には機密情報の定義や適用範囲、管理責任者などを盛り込んでおきましょう。
もちろん、退職した後も機密情報保護義務が課されることも明記しておきます。
前記の社内規定の内容をもとに、採用時の雇用契約書に、機密保持義務や競業避止義務など、情報漏洩に関する条項を含めておきます。これにより、従業員が会社の機密情報を保護する法的義務を明確にし、違反した場合の法的措置をとることができます。
たとえば、次のような内容を契約書に盛り込みます。
第○条(退職時の機密保持)
機密情報については、貴社を退職した後においても、私自身のため、あるいは他の会社その他の第三者のために開示、漏洩もしくは使用しないことを約束します。
第○条(競業避止義務)
機密情報保持を遵守するため、貴社退職後○年間は、貴社と競合関係に立つ会社に就職したり役員に就任したりすることはしません。
第○条(損害賠償)
各条項に違反して、貴社の機密情報を開示、漏洩もしくは使用した場合、法的な責任を負担するものであることを確認し、これにより貴社が被った一切の損害を賠償することを約束します。
留意する点としては、競業避止義務は、憲法で保障されている職業選択の自由を大きく制限する恐れがあります。
そのため、労使相互において、その必要性や内容の十分な理解を図るとともに、義務範囲を合理的なものとすることが重要です。(参考:経済産業省『秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~』P82)
社内規定などに基づいて、適切なアクセス権(機密情報を閲覧・利用等することができる権限)を付与します。機密情報を知る必要がない従業員を機密情報に近づけないためです。
人事異動やプロジェクト終了時などは、人事部やその他関連部署と情報共有を円滑にしてアクセス権の変更漏れなどがないようにしておきましょう。
退職が決定した従業員のアクセス権を適切に管理することも非常に重要です。退職まで期間がある場合、業務に応じてその従業員のアクセス権を段階的に縮小していくなど、情報の持ち出しが物理的にできないような対応も有効です。
従業員に対する定期的な情報セキュリティ研修を実施し、機密情報の取り扱い方や、情報漏洩のリスクとその影響についての意識を高めることが予防につながります。
研修では、社内規定の内容を確認したり、実際に世間で起きた情報漏洩のケースを共有したりして、リスクへのリアリティを高めます。元従業員が転職先に機密情報を持ち込んだ結果、転職先の会社が転職元から損害賠償請求をされる裁判例なども抑止効果が働くと思われます。
退職者が機密情報を漏洩するリスクを評価します。たとえば、営業職の管理職で機密情報である顧客情報に常にアクセスできる場合、(実際に持ち出したり漏洩するかどうかは別として)その他の従業員に比べて顧客情報を漏洩するリスクは高いと評価できます。
管理職か一般職か、という区分以外にも、営業部、人事部、研究開発室、情報システム部などの部署の違いによっても、それぞれ扱う情報の質や量は異なると思います。
そのため、退職者がどのような情報にアクセスしていたか、機密情報を保持していたのかなどを把握し、機密情報が漏洩するリスクを評価しておきます。
退職者に対しては、退職前に面談を行い、前述のリスク評価を参考に、情報漏洩に関する契約内容などを再確認するとともに、機密情報を適切に扱うことの重要性を強調しておきましょう。場合によっては、入社時の雇用契約書の内容と同様、「機密情報保持に関する誓約書」を退職時にも提出してもらってもよいでしょう。
その際、入社時には漠然としていた機密情報の範囲も、退職時にはある程度明確になっているはずです。
たとえば、「新築マンションの契約に関する顧客情報全て」「研究開発部のAフォルダ内の情報」という形で明確化できると、退職者も「この情報は機密情報なんだな。漏洩したらダメだな。」「このフォルダのデータは削除しておこう」と認識しやすくなります。
退職者と在職中から良好な関係を築いておくことも機密情報漏洩リスクを低減する上で有効です。
なぜなら、上司との関係性が悪く、腹いせに会社の機密情報を漏洩することも考えられるからです。そのため、日頃のコミュニケーションを大切にし、「いい別れ方」をすることも重要です。「いい別れ方」でいうと、退職金制度がある会社は、ルールに則って退職金をしっかり支払うことも大切です。支払金額や時期について明確にしておき実行することで退職者との信頼関係が維持されます。信頼関係が維持されることが情報漏洩を防ぐ効果をもたらすのです。
また、退職者が起業や転職する場合、会社として彼らのキャリアを応援し、必要に応じてサポートすることで、元従業員が会社に対して肯定的な感情を持ち続けることにつながるでしょう。
以上、これらの対策を総合的に実施することで、退職者や元従業員による機密情報の漏洩リスクを低減させることが可能となるでしょう。
以上
三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表
中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター
1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも、1年
で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしなが
ら試験合格を目指すも断念。その後は、転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わ
る。合間に東欧への放浪の旅をしながら、気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたと
ころで、28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では、社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、
労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務
ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のス
タッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、
社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重
視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課
経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してき
た顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートま
で行う人事評価制度の構築が得意。
その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、
SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、
管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は 喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。