【第19回】労働紛争に陥る前に知っておきたい就業規則作成のポイント
- 2024年4月17日
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社会保険労務士による労務解説記事が毎月3回(第1.2.3水曜日)にUPされます。
第19回目は社会保険労務士三谷先生(三谷社会保険労務士事務所代表)による解説です。
「言った言わない」論争に終止符を
労働紛争というと、裁判のような「大きな」ものから、日常の人間関係のすれ違いなどの「小さな」ものまで様々なレベルを想像されるかと思います。ここでは、会社(使用者)と労働者との間に発生する様々なレベルの労務トラブルのことを、労働紛争といいます。
そして、労働紛争が発生する原因はこれまた様々ありますが、ひとつには、ルールが不明確で、明示されていない場合に発生します。つまり、「言った言わない」論争です。
そこで、当事者同士で解決ができる、あるいは、そもそも労働紛争が起きないようにするために、就業規則(ルール)を作成し明文化しておくことが有効となるのです。
就業規則の効力
「言った言わない」論争を防ぐために、どのように就業規則を作成したらいいのか。そのポイントを解説する前に、就業規則の効力を理解しておきましょう。
なぜ、就業規則に、「言った言わない論争」を終結させるそのような大きな力があるのでしょうか。それは、就業規則の内容が「会社と個人間の労働契約の内容となる」からです。
当たり前だろ、という声が聞こえてきそうですが、これが実は大きなことです。通常、労働契約は、労働契約書などを取り交わすことで、個々人との労働契約の内容(労働時間、給料、福利厚生などの待遇)が決まります。会社⇔Aさん、会社⇔Bさん、というように、一人ひとりと労働契約の内容を確定していくわけです。
10人くらいまでなら個々の契約内容も覚えていそうなものですが、大人数になると大変です。そこで、画一的に労働契約を確定してしまおうというのが、就業規則です。
ここで、労働契約法第7条本文を確認しておきます。
「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」(太字は筆者による。)
つまり、採用の時点で、就業規則が存在し、それを事業所の労働者および新たに採用する労働者に周知していたら、その内容が今回採用する労働者との労働契約の内容となるのです。本人が、その内容を詳しく知っていたかどうかは関係ありません。画一的に、そして、強制的に本人に効力を及ぼすことができるのです。この強大な力があるからこそ、就業規則は、「言った言わない論争」に終止符を打つことができるのです。「ほら、ここに書いていますよね。」と。
就業規則作成のポイント
それでは、労働紛争に陥らないような就業規則にするためには、どのようなことに留意すればよいのか。ポイントは次の3つです。
(1)内容が合理的であること
(2)実態との整合性
(3)周知すること
以下、それぞれ解説します。
(1)内容が合理的であること
大前提として、就業規則の内容が法律に反するものは無効です(労働基準法第92条、労働契約法第13条)。たとえば、「残業代は一律1時間あたり500円とする」といった内容は、労働基準法で定められた割増率を満たさないため、無効です。
労働分野においては、頻繁に法改正が行われます。そのため、就業規則の内容が現行法に則ったものかどうか、最低1~2年に1回はチェックするようにしましょう。特に育児介護に関連する法令は要チェックです。
注意点としては、労働組合との書面による約束事をまとめた労働協約がある会社は、その労働協約に反する就業規則の内容は無効となります。労働組合のある会社は労働協約の内容も確認しておく必要があります。
では、上記以外にどのような内容が「合理的」といえるのでしょうか。
これは、会社ごとに異なってくるため個別の労働条件ごとに判断する必要があります。たとえば、給料の支払い方法を「現金手渡しのみ」とした場合、それが合理的かどうかは、その会社の状況やそれまでの経緯によって判断されるでしょう。
これは私がよく提案しているのですが、合理性判断のひとつとして、「ワークライフバランスに配慮した労働条件かどうか」を考えてみてもよいかと思います。これは、労働契約法第3条第3項に、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」という規定があるからです。
参考にしてみてください。
(2)実態との整合性がとれているか
私は3つの作成ポイントでこれが最も大事だと思っています。私が就業規則のコンサルをする際に良く聞く質問が「この就業規則の内容は、実態と合っていますか」です。
特に、変形労働時間制を採用する会社は、実態に即した勤務シフトを「すべて」就業規則に記載しておくことが「言った言わない」にならないため大切になります。近年の飲食チェーンを巡る裁判例で争いになったところでもあります。
また、会社には明文化されていない暗黙ルール(これを労使慣行といいます)もあったりするのではないでしょうか。労使慣行は、場合によっては就業規則と同じような効力をもたらします。
たとえば、就業規則に、「遅刻したら給料から天引きする」という条文があっても、実態としては長年の労使慣行で遅刻をしても控除していなかった場合だと、それが労働契約の内容となるのです。
そのため、就業規則を作成する際には、労使慣行となっているルールはないかも含めて、実態とあっているかどうかを確認する必要があります。
(3)就業規則を周知すること
就業規則は、「周知」しないとその効力が発生しません。それは、前述の労働契約法第7条の通りです。そのため、周知することまでが就業規則の「作成」といえます。
この周知ですが、「労働者が知ろうと思えば知りうる状態」にしておくことをいいます。一番簡単なのは、プリントアウトした就業規則を事業所内に掲示しておくことです。
見ようと思えば、誰でも見られる状態です。あとは、PCのサーバ上にデータを保存しておき、労働者であれば誰でもアクセスできるようにしておくことも周知といえます。
一方、就業規則を後生大事に社長の机の中にしまっておく、というのは周知したことになりません。
まとめ
今回は、労働紛争における「言った言わない」をいかになくすか、という観点から就業規則のもつ効力を背景に作成ポイントを解説しました。
10人以上の事業場は、就業規則を作成し労基署へ届け出る義務があります。しかし、今回解説した就業規則の効力は、10人未満の事業所が作成する就業規則にも発生します。
労働紛争は大企業や小企業に関係なく起こり得る事象です。ぜひ10人未満の事業所も作成することをおすすめします。
以上
執筆者プロフィール
三谷 文夫 (みたに ふみお)
社会保険労務士/産業カウンセラー
三谷社会保険労務士事務所 代表
中小企業の就業規則・人事制度構築を得意とする社会保険労務士
保有資格:アンガーマネジメントファシリテーター
1977年大阪府生まれ。兵庫県在住。
慶應義塾大学卒業後、地元兵庫県の有馬温泉旅館でフロントスタッフとして働くも、1年
で退職し、大学時代から挑戦していた司法試験に再挑戦。25歳頃までアルバイトをしなが
ら試験合格を目指すも断念。その後は、転職を繰り返し、営業、販売、事務、接客に携わ
る。合間に東欧への放浪の旅をしながら、気ままに過ごすも、将来に不安を感じてきたと
ころで、28歳の時に製造業の総務課に採用していただく。
総務課では、社会保険、給与計算などの事務を始め、採用、評価、従業員満足度向上施策、
労働組合や地域住民との渉外交渉、労務費の予算作成・実績管理など、幅広い業務に従事。
「従業員が相談しやすい総務スタッフ」を意識して職務に取り組む。また、工場での勤務
ということもあって、労働安全衛生の重要性を実感するとともに、労務管理では現場のス
タッフとの関係性が大切であることを学ぶ。在職中に社会保険労務士の資格を取得。
2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という想いが募り、
社会保険労務士事務所を開業し独立。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重
視したコンサルティングは、優しい語り口調も相まって人気がある。また、自身の総務課
経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚く、これまでに関与してき
た顧客数は60社以上。
労務相談をメインに、クライアント企業にマッチした就業規則の作成、運用のサポートま
で行う人事評価制度の構築が得意。
その他、メンタルヘルス、承認力、ハラスメント、怒りの感情との付き合い方、健康経営、
SDGs等をテーマに、商工会議所、商工会、自治体、PTAその他多数講演。新入社員研修、
管理職向け行動力アップ研修等、年間20回以上登壇する企業研修講師でもある。
2020年から関西某私大の非常勤講師。300名の学生に労働法の講義で教鞭をとる。
趣味は 喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。ランニング。
家族は、妻と子ども4人、金魚のきんちゃん。